探索。
2011年 どこか。
いや、本当に分からなかったんですよね。
車で移動中の道すがら、あらキレイネ~と寄りました、というだけの記憶しかなかったものですから。
でもまあいっか。
とは思ったんですが、今の世の中グーグル先生という方もいらっしゃることですし。
できるだけのことはしてみようと思いました。
まず、その日1日の行程を、写真から読み取りますと。
朝の8時頃に背割り堤にいて。
この写真の場所に2時間後くらいに着いて。
さらに、その30分後に笠置。
ということは、その間のどこか、ということになります。
で、グーグル先生に経路を聞くと、もっぱら163号線を行けとおっしゃる。
じゃあ、163号線の道すがらで、あらキレイネ~と思ったはずなのですが、しかし。
ストリートビューで163号線を通っても、どうにもピンと来ない。
全然ピンと来ない。
そもそも163号線、何と言うか、余白がない。
ずびょーんと一直線にどこかに行くための道、という感じで、「あら~」とか言ってる余地がないの。
川は確実にあるはずなので、木津川ではない小さな川を近辺に探すのですが(163号線は木津川に沿って続く道なのです)。
どうも違う、いや全然違う。
ここらでストリートビューを諦めて、自らが撮った写真をしっかりと見てみることにしました。
そして得られた情報がこちら。
くそ役に立たねえ。
ここが、犬の糞を持ち帰らなくてはならないエリアだということしか分からない。
そのほかの写真も、「桜と鳥の巣」とか、「レンゲ草」とかでね。
自分にイラッとするのって、こういう時ですよ。 ハハッ。
1つだけ、この建物は確かに記憶にありました。
小屋。
小屋なんですが、非常に印象的な小屋で、桜にもマッチしておったのです。
この、昔の京阪電車の鶯色に、桜が映えててね。
壁の錆びですら、桜とベストマッチングしておったのです。
イマイチ、きれいな写真が撮れていませんでしたがね…。
でも、桜って何でも合うのねえと思って、たとえ青と白の縦縞パジャマのおじさんでも桜には合うんだろうなあって、まさに、まさにこの場所で思ったことを覚えていたのです。
しかしもちろん、このウグイス小屋が、この場所のランドマークになるわけもなく。
さてねえ。
どうしましょうかねえ。
そういえば、あの犬の糞看板、もう1枚写真を撮ってましてね。
それには「笠置町」と書いてありました。
絵の下に書いてあったのよ。
ここで大ヒントが得られましたよ!と言いたいところですが、それよりも、なぜ私はこの看板を2度も撮ったのか、という問題。
2度にわたって、それも連写の2枚ではなく、別々に、ご丁寧に、2枚。
バカのやることです。
うん、でもね、私はそのバカがその時何を考えていたのか、覚えてますよ。
覚えてるけど、言いません。
やれやれ。
それは間違いないはず。
ということで、もう一度グーグル先生に聞いてみると、なんと163号線で笠置町な部分って、仮に笠置町をパンダだとすると、パンダのしっぽ部分くらいしかないんですよね。
ぷりっ、くらいしかないんです。
その部分にこの桜地帯は絶対にない、絶対に、だ。
実際に地図で見ても、それこそ「ぷりっ」の中にそんな余白はありません。
ということは。
どうやら我々は、163号線を通って笠置町に到達したわけではないようです。
じゃあ、どこから行ったのかと考えると、それはもう、木津川の対岸側しかないわけで。
そうなのよ。
そもそも、背割り堤から163号線を通って笠置町に行くまで、2時間なんてかからないはず。
どこかに寄り道してから行っているはず……そういえば、どこかに行こうとして、そこが見つからなくて、結局諦めて、それからどこかに行ったことがあったような気がする、あれはこの時だったのか……。
その、行こうとしていた「どこか」が「どこ」なのかは分かるんです、何となく。
それは、京田辺市にある大御堂観音寺。
ここも道すがら気になったというだけの場所で、名前すら知らない状態で、「あそこから見てあの辺だったから、この辺からこう行って、この辺なんじゃない?」くらいの感覚で行っただけだったので、最初から行けるはずがなかったんですがね。
しかし、この場所まで南下していたということは、やはり木津川の南側から笠置町に攻め入った可能性が本格的に出てきました。
南下と言っても、それでも163号線にも近いんですがねえ……高速にでも乗ったのかなあ……。
まあ、いいや。
うん、そんなこんなで見つかったから。
対岸側に。
2011年のどこだったか分かんなかった場所は、笠置町の白砂川辺りでした。
笠置街道とやらを奈良県側から進んで、笠置町に入ってすぐの所。
でした。
あー、疲れた。
……以上です。