再び奈良に行ってきた。
我がけいよい日記の、長すぎることの次に問題な点は、記事があまりにもタイムリーじゃないというところにあるんじゃないかと。
でも、気にせず続けます。
盆藤展というのも、やっていた。
どこぞで、盆桜展もやっているというのを耳にしたこともあるのだが。
なかなかにエネルギーを必要とするような気がすんだが……。
なんの盆でもいいからさぁ。
ちなみに、長岡京に遷都した際に春日大社の分霊を祀ったのが、大原野神社。
それの平安京版が、吉田神社。
これがねぇ。
ツル植物で、大木に寄り添ってないと生きていけない藤。
そこまでデカイ顔をして寄生されたら、なんか太刀打ち出来ないモノを感じるではないか。
肩口をトントンと叩いて「あんた、そんな寄生しちゃぁあかんやろ」と一言言ったら、くるりと振り向く、その者達。
藤の生命力ときたら、末恐ろしいものがある。
……いや、藤の花にはそのつもりはないのかもしれない。
それでもやはり、朽ちた老木のそばで旬を迎えた花が、色気すら漂わせて咲いているのを見ると。
「え、日光当たってなかった? ごめ~ん。」と言いつつ、そこをどくことはない。
ここまで来ると、寄生していながら、むしろ爽やかさすら感じる。
そういうところが、本当に、心から、恐ろしいと思う。
友達にはなりたくないタイプだ。
春日大社の本殿は、以前ぐりんさんと言ったときは気づかなかったのだが、実は、建物一帯をぐるりと藤で取り囲まれていた。
まさに、ココにおわす神の化身、と言ったところか。
だが、私には。
どーしても。
神社の結界を超えられず、見えない壁の向こうにざわざわと集まってきている魑魅魍魎……に…見…。
…いや。
こんな、ひょろりとした蔓が。
こんな、ズ太い幹になる。
この画像の、奥の奥の奥~~の方に見えるあの横に伸びた木も、藤だ。
百歩譲って、10本。
是非、DNA鑑定かなにかで、その辺を明らかにしてみてもらいたいのだが、どうだろう。
やはり、京都とは違う空気を、車の走る道路の脇を歩いているだけで感じてしまう。
いや、ほら…鹿とか。
だいたいの話がー。
町に鹿がいるってー。
おかしいだろ、やっぱり。
パンフレットには「寝ていいです。」とは書いてなかったことを付け加えておきます。