けいよい日記

キングオブ暇な私の、心の琴線

おディーン・メモ

ディーン・フジオカさんが写真集を出すんだって。

 

そんなトピが「ガルちゃん」に上がってたんだけども、どうもガル民の求める路線とは若干ズレているらしいのです。

その写真集は素敵筋肉を惜しみなくさらけ出したディーン様が楽しめるようなのですが、でも、ガル民としては服を着ていてほしいらしいの。

 

できればスーツを、セーターを、少し濡れた白シャツを。

 

何でもええから布を巻いておけと言わんばかりなのよね。

ご本人からすれば、せっかくの筋肉なんでしょうにね。

 

しかしながら、ガル民とおディーンさんとのズレというのは今に始まったことではないようで、そのズレそのものも楽しんでおられるのよね、ガル民さんたちは。

 

うん、なんか、とっても良い関係だと思う。

 

 

つーか、あれだねえ、容姿端麗な人というのは、何か違うことをしたくなるもんなのかねえ。

鏡を見たら、その顔が映ってるわけだから、それが当たり前なわけで。

 

「格好いいですね。」

「知ってます。」

 

くらいの話であって、おそらく1000円札が1000円なのと同じことなんだろう。

 

「それ1000円ですよ。」

「知ってます。」

 

三日で飽きるのは他人だけではなく本人もなのか、とか思うと、あの言い回しもなかなか意味深な気がしてくるのは気のせいなのかしら。

 

ほら、オダギリジョーも、ピカソの絵みたいな髪型、しがちじゃん。

そうそうソレソレそういう髪型がいいのよぅ、っていう髪型、滅多にしてくれてないんじゃないの?

知らんけど。

 

自分の綺麗な顔に飽きる、うーん、全くもってよく分からない世界。

 

そういえばピカソも、子どもの頃から絵が上手くて上手くて上手くて……って描いているうちにオダギリジョーの髪型のような絵になっていって、最終的に、小学生の夏休みの工作のような絵に落ち着いていたはず。

 

最晩年に、やっと子どもが描くような絵が描けるようになった、って言ってたはず。

 

だから、ピカソの絵も、オダギリジョーの髪型も、おディーンさんの少しズレた写真集も、みんな芸術だということなのよ、きっと。

 

 

 

いやまあ、私としてはね。

この一連のトピの中にあった、

 

「左のちくびがちょっとそっぽ向いてるじゃん。多分、こんな写真撮ることに反対なんだと思うわ。」

 

っていうコメントをメモしておきたかったというだけなんです。

 

 

筋肉写真集であるからには乳首も出ているようなのですが。

どうやら、その乳首の左側の子がカメラ目線じゃないみたいなの。

 

 

もう。

 

 

乳首写真集を出すことに反対してるなんて、大変なことですよ?

 

 

なぜ、このコメントへのプラスが現時点で6しかないのか、甚だ疑問だわっ。

 

 

ちなみに、ディーンさんの写真集は大体こんな感じのようでしたよ。

 

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これの、あの、人がいる部分を真ん中にして、それがディーンさんだと思いなせえ。

 

わりと、似ていると思います。

何でだろう。

 

 

それにしても懐かしい写真ね。

 

 

ご利用まことにありがとうございます。