イィ? 谷子。
眠れない。
眠れない、眠れない、眠れない。
今、ぺ●るは何をしているのだろう、どこにいるのだろう、きっと私のことなんか考えもしてないだろう……。
いや。
ぺ●るは、私のことを、考えたことがあるんだろうか。
………。
谷子は、財布から名刺を取り出した。
ぺ●るの名刺だ。
会社帰りに、ぺ●るが来たとき、一枚だけそっと抜いておいたのだ。
今から、会社の前で待っていれば…。
午前4時。 空は白みかけている。
地下鉄も、そろそろ動き出すころだ。
谷子は、パジャマのズボンをジーパンに履き替えて、外へ出た。
植え込みの影で、どれくらい待っただろうか。
ぺ●るは、確かに出社してきた。
とても眠そうだったが、いつも通り、眉毛だけは整っている。
本人は天然だと言い張っていたが、ぺ●るが眉毛にこだわっていることを、谷子は知っていた。
その眉毛を見て、少しホッとした谷子は、植え込みに腰掛けたまま眠ってしまった。
「おい、ねえちゃん。」
唐突に話しかけられ、谷子は驚いて目を覚ました。
「わりぃが、そこは、わしの寝床なんだがなぁ。」
長髪で、紙袋をぶら下げた男が、谷子を見下ろしている。
怒っているわけではないようだ。
「あ…、す、すみません。」
慌てて立ち上がった丁度その時、ぺ●るの声がしたような気がした。
驚いて振り向くと、ぺ●るが会社から出てくるところだった。
谷子は、さささ~と桜の木に身を隠す。 …この姿を見られるわけには、いかない。
「ぺ●る先輩、カラオケ行こうっすぁ!」
「ああ、行くか。」
「ぺ●る先輩の、おごりっすぁ!」
「ははは、俺、金ねーよ。」
3、4人の後輩らしい人間を連れている。
行ってしまう……!
谷子が、ぺ●るを追おうとすると、先ほどの男が話しかけてきた。
「ねえちゃんよ。」
「は、はい。」
「まあ、昼間は、ここ、好きに使いな。 …でもよ。」
「…はい。」
「あんまり、はまるんじゃねえぜ…。」
「……。」
谷子は、男に目だけで答えると、ぺ●るのあとを追いかけた。
ぺ●る達は、近くのカラオケ屋へ入っていった。
谷子も仕方なく、そこへ入る。
「いらっしゃいませ。」
「あ、あの…。」
「はい。」
「ひとりなんですけど…、いいですか?」
谷子は昔、上司に無理矢理カラオケに付き合わされ、「異邦人」を裏声で歌い、その場の人間全員に引かれて以来、カラオケに行ったことがなかった。
「もちろん、よろしいですよ。」
「あの、さっきの人達の近くの部屋がいいんですけど…。」
店員が、怪訝そうに谷子を見る。
「あ、いえ、すみません。やっぱり、どこでもいいです…。」
「…では、いろはの ろのお部屋へどうぞ。」
部屋に通された谷子は、やることもないので、とりあえずソファに座った。
すると、ちょうど向かいの部屋で、ぺ●る達が歌っているのが見えた。
歌っているのは、ぺ●るだった。
マイクをくるくる回しながら、楽しそうに歌っている。
それを見ながら谷子は、改めて年の差を感じずにはいられなかった。
何の歌を歌っているんだろう…。
谷子は、そっと扉を開け、耳を澄ませた。
すると…。
「ぴ~ひゃらぴ~ひゃらっ、ぱっぱぱらぱ~♪」
「踊るポンポコリン…。」
谷子は、それまでの緊張感がどっと崩れていくのを感じ、その場へ座り込んでしまった。
「ぺ●る……。あなた一体、何をしているの……?」
谷子は、声を忍ばせて、泣いた。