私の あんぱん
小学校2年のときに、社会見学でパン工場へ行ったことがある。
パン工場では、パンがぽんぽん出てきて、とても良い匂いがしていた。
ま、正直その辺のことは、よく覚えていない。
それより何より、そのパン工場は太っ腹で、お土産として一人に一つずつ、焼きたての「あんぱん」をくれたのだ。
もう、フカフカで、アツアツで、良い匂いしまくりで…。
物凄く楽しみにしていた。
学校に帰ってから、食べるのだー。
でも、私の「あんぱん」は、食べる直前に無くなった。
どこを探しても見つからない。
小2の行動範囲なんてたかがしれてるだろうに、どこを探しても見つからない。
結局、私が無くしたんだということで話が落ち着いた。
確かに私は、物をよく無くす方だったし、忘れ物も多かった。
そんな自覚もあったので、ああ、私が無くしたんだなぁ、あんなに楽しみだったのに、自分で無くしたんだなぁ…と思い、たまらなく情けなくなって泣けてきた。
みんなが「あんぱん」を食べてる間、私は、びすびすびすびす、汚らしく泣いていた。
きっと、みんなが食べてた「あんぱん」も、美味しさが半減してたに違いない。
そして、しばらくして。
他のみんなは「あんぱん」のことをすっかり忘れ、当事者の私は「あんぱん」のことをしっかり覚えてた、それくらい時間が経った頃。
その「あんぱん」が出てきた。
ベランダに出されていた使われてない机の中から、それはそれは見事な「カビぱん」として。
まるごと全部、見事なスモーキーグリーンだった。
……。
誰だ。
誰だ、あたしの「あんぱん」隠しやがったのは!
いくらなんでも、自分であんなところに隠した覚えはない。
誰かが、戯れにやったのだろう。
なんだよ。
私が悪いんじゃ、なかったじゃないか!
というか、なんでそいつ、私がそんなに「あんぱん」を楽しみにしてたことに気づいてたんだ!
ちくしょうめ!
食べるわけでもないんなら、やめてくれよ、そういうの。
っていうか、言えよ!言ってくれよ!
なんだよ、私が泣き出したから、言い出せなくなったのか?
結局、私が悪いんか?
まあ。
たかが「カビぱん」、いや「あんぱん」ひとつ。
犯人を捜し出さなきゃならないほどの事でもない。
どうせ、アホでチビな男子生徒あたりの仕業だろう。
もう時効ということで、その一件が有耶無耶に終わったのは言うまでもないのだが。
私が無くした、と結論づけた担任の女教師が、少し気まずそうな顔をしてたのを私は見逃さなかった。
…ふんっ。
こうして、8歳にして私は「あんぱん」を通して世の中を知り、立派に 斜め に育つことができたわけだ。
あぁ、 めでたし、めでたし。