けいよい日記

キングオブ暇な私の、心の琴線

はい、ここに貼っておきますよ。

 
 
 
人は彼を 『あまもの』 と呼ぶ。
 
 
 
いや、世の人々が呼ぶかどうかは知らないが、ぬーが呼ぶ。
彼のことを、『あまもの』と認識しているのである。
そして、まるでそれが彼の名前であるかのように呼ぶのである。
 
 
あまもの。

甘物。

つまり、スイーツ(笑)
 
 
 
 
 
なぜ甘物かというと、彼が甘物好きだからである。
 
 
最近でこそ見かけないが、少し前まで 
  
「僕は甘い物が好きなんです。この前、自由が丘で美味しいケーキ屋さんを見つけて。」
 
なんて話をするために、よくバラエティ番組に呼ばれていたではないか。
 
 
ぬーには、その印象が強いらしい。
 
 
 
 
いや、正確に言うと。

バラエティでの甘物好きっぷりと、いいちこのCMで見せる男気的なものとの、
ギャップにこそ注目しているのだと思われる。
 
 
            
 

もっと言えば。
 
 

そこを笑っているのだと思われる。
 
 
 
 
                 
そして、その笑い方は、「アッハッハではなく「クックックである、間違いなく。
 
 
ヒドイ話だ。
 
が、さらに、致命的にヒドイことに、ぬーは。
 
 
 
 
彼の本当の名を知らない。
 
 
 
 
 
 
 
いいちこのCMを見るたびに、「あ!甘物や!」と2歳児のように指を指し、その後必ず、こう続ける。
 
「で、名前なんやったかなー。」 
 
思い出せないからといって、特に悩んでいる節もなさそうなところが、ヒドイというか、もはや非道。
 
 
 
 
ちなみに、もちろん私は知っている。
 
が、教えることはない。
 
知識というものは自分で得るものだからだ。
 
 
 
 
 
 

そんなぬーに転機が訪れたのは、2週間くらい前だったか。
 
 
居間のテレビで、なんぞやかましい番組を見ていた、ぬー。
私はというと、せっかくの休日の昼下がりなので、せっかくだから二度寝を楽しんでいた。
 
 
すると、そこへ、ぬーがやってきた。
見ると、とても嬉しそうである。
 
 
……な、なに? とそちらに顔を向けると、ぬーは勝ち誇ったような顔で言った。
 
 
 
 
的場浩司。」
 
 
 
 
 
 
……。
 
ああ、よかったね。
 
よかったねえ、私も嬉しいよ。
 
 
 
うんうん、と私が頷くと、満足そうに鼻をフンッと、ひと声鳴らして、ぬーは居間に戻っていった。
 

そう。
 
ぬーは、たったひと言 的場浩司。」と言うためだけに、わざわざ寝室まで出向いてきたのである。

よほど嬉しかったのだろう。
 
 
 
 

さて、皆さんはお気付きだろうか。

最近、くだんのいいちこCMがリニューアルされている。
 
林を走っていた的場浩司は、なんと今、舟に乗っている。
寄る年波に対する、いいちこなりの配慮なのだろうか。
 
 
私が、そのことに気が付いたのが、一昨日。
 
そして昨晩、ぬーの知るところとなった。
 
 
「ほら、CM新しくなってるよ。」 と言うと、 
 
「あ!ほんまや!」 と、ワントーン高い声でぬーが言う。
 

このテンションの上がり方。
やはり君にとって、このCMは、他のCMとは一線を画す存在なのだね。
 
 
 
 

……。
 
 
 
 
 
「で、この人の名前、覚えてんでしょうね、アナタ。」
 
 
「いや、それがなあ、なんやったっけなあ…。」
 
 
 
 
 
 

!!   
 
 
 
 
 

……。
 
 

「…それはまた、ずいぶんと短い春だったねえ。」
 
 
「いやあ、どうも忘れてしま……ま、甘物やし。」
 
 
 
 
 
 
 
 

彼の名は、甘物。

スイーツを愛し、酒の飲めない愛すべき男。
 
 
 
    
 
 
 
こんな顔してるのに、酒は飲めないそうだ。
 
ぬーは、甘物のそんな面まで知っているというのに。
 
 
 
 
 
 

彼の本当の名を知らない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

以下、ウィキより。
的場 浩司(まとば こうじ、本名同じ、1969年3月28日 - )は埼玉県上尾市出身の俳優。血液型はA型。スポーツは、柔道・ボクシング・野球他。趣味は、自動車・バイク・身体を動かすこと・スキューバダイビング。家族は妻、長女、長男。オフィスジュニア所属。
来歴・人物
運送業の家庭に生まれる。埼玉県上尾市立大石南中学校卒業、埼玉県立上尾東高等学校中退。最終学歴は帝京高等学校卒業。1987年、素人の頃に暴走族関連の雑誌に登場していたのをバラエティー番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の演出だったテリー伊藤が見かけ、編集部に連絡を取ったのが芸能界デビューのきっかけ。同番組での不良少年達を野球で更生させるという企画においてチーム「爆苦連亡世」(ばっくれんなよ)のリーダー格として存在感を示し人気を獲得。その後、1989年の映画『首都高速トライアル』で本格的にデビューを果たし、同年のテレビドラマ『はいすくーる落書』『ママハハ・ブギ』でその名は全国区となる。一時期ロックグループ「炎達」(ファイヤーズ)で歌手としても活動した。
テレビドラマや映画を中心に個性的且つ確かな演技を見せ幅広い層から人気を獲得している。
 
また、強面な外見とは裏腹に大の甘党(特にプリンが好き)であり、酒も一切口にしない。実は中学生時代に酒の飲み過ぎが原因で吐血してしまい、身体の心配から酒を飲まなくなった。最近はそのスイーツマニアぶりが知られるところとなり、ガイド本出版、関連イベント、コンビニとのコラボ商品プロデュースなど活動の幅を広げている。有名人2大スイーツの帝王の一人である(もう一人は元横綱大乃国芝田山親方
 
その他、エピソード
長女に滅法弱く、サンリオピューロランドなどのテーマパークに連れて行っては子煩悩ぶりを発揮している。「娘に彼氏ができたら」と考えると腹が立ってしかたなく、そういうフリをした司会者を睨んだこともある。
結婚した際に長女の名前は「娘が生まれたら妻が名付ける、息子が生まれたら自分が名付ける」と取り決めたことによるもので、長女の名前は妻の命名によるものである。2006年に待望の長男が誕生、約束通り、長男の名前は的場本人が決めたとのこと。

極度の虫嫌いであり、一人暮らしの時にGが1匹出ただけですぐに引っ越したほどである。

近年はバラエティ番組、トーク番組への進出も目覚しく、先に記した子煩悩ぶりや度々遭遇する「緑色の宇宙人(本人曰く『ゴム男』)」や自宅に出現するという「鳥男(カラスの身体に中年男性の顔が付いているらしい)」謎の生物に関する話題などを展開。お茶の間の人気を獲得している。
大槻ケンヂとの対談では、タイマンでの喧嘩はほとんど勝っていたと自負していた。柔道の経験を生かし組み付いてテイクダウン、マウントポジション(馬乗り)からバックをとってチョーク(絞め技)というグレイシー柔術戦法とほぼ一致する。当時はまだグレイジー柔術、戦法は世界に広まっていなかった。
好きな芸人はくまだまさしである。

友人の東幹久とは共演作も多く、水戸黄門第42部から、それぞれ助さん・格さんのコンビで出演している。
 
 
 
 
……え、今、格さんやってんの??? え??
 
 
 
ご利用まことにありがとうございます。