牛の君
これだけ牛がいるにもかかわらず、すじこさんを祀っているのでは、ないのです。
ないのですよ…。
天満宮は菅原道真が祀られている、ちゃんとしたところなのです、ってまぁ、それは今更な話でしょうが。
私にはねぇ、この天満宮という存在、かなり特殊なものに思えるんですよ。
たった一人の人間を祀るためだけに存在する社、なんて。
子供の頃は不思議でしたよ。
なんで山口に三大天満宮? って。
そう思いながら、大抵1月の3日に、大渋滞に巻きこまれながら天満宮にお参りに行き。
鶏卵饅頭は、外せません。
そうでなくても天満宮というのは、中国・九州地方にダントツで多いらしいんですけど。
私の地元の中のこれまた地元にも、防府とは別に、冠天満宮ってやつもあるんです。
よっぽど人気があったんでしょうね、道真さんって。
まぁ確かに菅原道真公は、冤罪だったとされてます。
食料とか、馬とか、あげちゃ駄目だよっって。
だから天満宮は、牛。
えらい徹底的に虐げられてますよね。
そんなこんなで、道行く人々の同情をかったんでしょう、これでもかという程に。
筋が通ってるっちゃ、通ってるんですけどね…。
しかし……そもそも、この時代に、「世論」なんてもの、あったんでしょうかねぇ…?
平安時代よ?
通行手段、徒歩か走るか、馬か……牛よ?
そんな状況で、広範囲の民衆のスタンスをまとめ上げるって、結構大変なことなんじゃないかなぁと思うんですけどねぇ…。
言いたかないですけど、私の時代ですら山口に流行が流れてくるの、遅かったですよ…?
私、セーラーズ、つい最近まで知りませんでしたよ…?
それ以上に情報の流れが遅かったと思われる平安時代に、ここまで統一された情報(道真・冤罪・可哀相!)を、きっちり行き渡らせるというのは、やはりそれなりの力がないと出来ないことだと思うのです。
それが出来るのは……道真本人か。 (なんせ本人が情報そのものなんで)
時平は、39歳の若さで早逝し、それが道真の祟りだと専らの噂になります。
結局……時平の死後、実権を握ったのは、弟の藤原忠平。
時平とは、仲が悪かったんだってさ。
さぁて……一番得をしたのは、誰でしょう。
東風吹かば 匂ひをこせよ梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ 官公御歌
まぁとにかく、梅、綺麗でしたよ。
お菓子も美味しかったですよ。
谷保天満宮を目にした時、えらい納得いきませんでしたわ。
よく考えてみたら当時わたしったら、湯島天神とか亀戸天神とか、知らなかったなぁ…。
わぉぅ…。